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水道の仕組み

難航した水道水源地問題の全面解決(其の十九)

「八景水谷水源地焼き打ち事件」で関係した者が大勢検挙されたことに伴い、農民の闘争心はしだいに薄れてきました。やがて反対運動は収まり、委員による交渉、妥協へと争いの方法が変わり始めました。

県はあらためて仲裁に乗り出し、補償金を支払うことで関係町村に承認させる案を提出し、この案は市会議員全員協議会で受入れが決定され、一応の 決着がついたことで大正十年十一月十九日佐柳市長は任期満了で退任しました。その後、県の仲裁案は十二月の臨時市議会で可決、下流町村も町村会と水利組合 で可決し、水利問題も水源地地元の清水村を除いてひとまず解決しました。

清水村は、県の仲裁案に難色を示していましたが、大正十一年一月、新市長に就任した高橋守雄が一刻も早く決着させるべきと清水村と精力的に会見を重ね、その結果、清水村より要望事項が提出され、それに基づき協定書が作られました。その後、臨時市会で可決後、大正十一年五月二十六日高橋市長と清水 村村長との間で調印がなされ、ようやく水利問題が全面的に解決しました。

満九年間、四代市長(山田、依田、佐柳、高橋)に渡って『第一次八景水谷水源地計画に対する坪井川流域住民の反対、水前寺への変更、加勢川流域 住民の反対、布設尚早論による認可の取下げ騒ぎ、陸軍の配水池設置拒否、八景水谷への再度変更、下流農民の水源地焼き打ち』と難航を続けた水道水源地問題 はようやく全面解決して、工事に着手することになりました。

また同年七月電車問題の市営案が市会で可決され熊本市の二大事業(水道・交通)がそろって開始される運びとなりました。

つづく

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